本屋大賞はとってない

本屋大賞はとっていません

第二ボタンを下さい

今週のお題「卒業」

中学の卒業式。

式の後、僕たちは安田くんの家でパーティをすることになっていました。

安田くんの家は金持ちなので、部屋は広く、テレビは大きく、ゲームもマンガも揃っていて、両親は留守がちで、時々美人のお姉さんに会うことができる、僕たちにとっては最高の溜まり場でした。

「パーティをすることになっていた」と含みのある書き方をしたのは、僕たちがそれぞれ淡い期待を抱いていたからです。

今はどうかわかりませんが、当時は卒業する男子生徒に、女子生徒が「(好きでした。学ランの)第二ボタンをください」と告白する習慣がありました。

(ちなみに、男子生徒が女子生徒にボタンをくださいという習慣はありませんでした)

だから僕たちは、誰かに「第二ボタンを下さい」と言われるかもしれないとドキドキしていたわけです。

でも、物欲しげな顔はしたくなかったから、とりあえず「パーティをする」ことにしておいたのです。

で、僕はどうなったか。

僕は勉強はできたけど、見栄えはぱっとせず、スポーツはできない、いわゆる中学女子ウケしないタイプの人間だったので、最初からあきらめていました。

なので僕は、今日は雪が降らなかったなあ的な余裕をみせながら校門の外を出たところ、遠くに高田理恵さん(仮名)の姿が見え、「ああ、俺だな」と確信しました。

不思議なものです。

彼女は学年で一番人気の美少女です。

でも「俺だな」と確信したのです。

その瞬間のことでした。

よく知らない女子がやってきて「第二ボタンを下さい」と言ってきたのです。

僕はその瞬間、男たるもの先着順、という言葉を思い浮かべました。

なので、その娘に第二ボタンを渡しました。

平静を装って。

僕は「終わったな」と思いました。

そうして、目を上げると、なんと高田さんが僕の方に近寄ってくるではありませんか!

僕は「これからはじまる」と思いました。

そして反射的に第三ボタンを引きちぎり、第二ボタンの穴に差し込みました。

するとなんということでしょう!

また、ほとんど知らない女子が現れ「第二ボタンを下さい」と言ってきたのです。

僕はまたしても男たるもの先着順という信念、というか既定路線を貫きました。

こんなことが何回か繰り返された後、僕の目の前に高田さんが立っていました。

「第二ボタンを下さい」

僕は最後まで残っていた第一ボタンを引きちぎって、第二ボタンがあった場所に軽く押し付けたあと、彼女にそれを渡しました。

厳かな儀式のように。

そして北国の春、僕の学ランは、マントのように羽ばたいたのです。

時が過ぎ、今日、あの日と同じような事態が発生しました。

次々と女性が近寄ってきて、私の第二ボタンをせがんできたのです。

私はひたすらボタンを引きちぎり、一旦、第二ボタンがあった場所にそれを当て、そして彼女たちに与えました。

あたかも、アンパンマンが自らの肉体を分け与えるかのように。

そうして、僕はスーツ、ワイシャツ、ズボン、全てのボタンを失いタクシーで家に帰りました。

こんなに幸せな定年退職を迎えることができるとは、思いもよりませんでした。

先着順を貫き通した結果、僕はこんなに素晴らしいゴールにたどり着くことができたのです。