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本屋大賞はとってない

本屋大賞はとっていません

お題スロットに挑戦19

お題「最近涙したこと」

オヤジは苦学して歯医者になった頑固一徹な男です。

ある晩、「オヤジさあ、そろそろ歯みがき、手伝わなくていいよ。俺、もう18だぜ」と言ったところ、オヤジはただ一言「出っ歯」と言いました。

僕は「いくら親でも言っていいことと悪いことがあるよ!」と怒鳴って家を出、今に至るまで東京で働いています。

あれから二十年。

オフクロはオヤジの目を盗んで、時々電話をくれたり、仕送りをしてくれます。

ある日、オフクロに言われました。

「代助さ、お父さん、最近、目が悪くなってきてね、引退考えてるんだよ。なんだか寂しそう。お前もわかると思うけど、あの人は歯医者一筋だったからね。俺から歯をとったらただの入れ歯だって言ってたわよ。ねえ、お願いだからお父さんが現役のうちに帰って歯を見せてあげて」

僕は悩んだ挙句、仕事を休んで、青森に帰りました。

僕はオヤジが入れ歯になる前に、なんであの時「出っ歯=出て行け」なんて言ったのか知りたかったのです。

大繁盛だったオヤジの病院は今ではすっかり閑古鳥でした。

それでもオヤジはじっと椅子に座って客を待っていました。

僕はその背中を長いこと眺めた後、思い切って声をかけました。

「オヤジ、なんであの時『出っ歯』なんてひどいことを言ったんだい?」

オヤジは僕の方を振り向くことなく「代助か?」と言いました。

「ああ、そうだよ」

「あの時、俺はお前が自分で歯磨きできるようになって『立派だ』と言ったつもりなんだがな」

「オヤジ、それなら、今までの俺の苦しみはなんだったんだよ!」

オヤジはなにも答えてくれません。

いつまでたっても黙っているのでまわりこんで顔を見たところ、すでに死んでいました。

僕は帰りの新幹線で「まもなく東京です」というアナウンスを聞いた途端、涙が溢れてきました。

涙が溢れて溢れて溢れ続けました。